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142月/03

CowardじゃないAnonymous (20:11)

ネット上で匿名で発言する利点はいろいろある。よけいな気遣いをせずに発言できるし、記名発言に付随する後腐れがないので、発言に対する敷居が低い。そのため匿名を許容する場においては、非常に活発な発言が期待できる。その具体的な事例は2chで多数目にすることができるだろう。

ネット上で匿名で発言する欠点はいろいろある。無神経・誹謗中傷発言によって傷つく人・怒る人が現れ、場が荒れることが珍しくない。また発言者の責任が追及できないため、場の責任者が代わりに責任を負う羽目になることもある。また発言者が特定できないためその発言にまつわる著作権の処理が曖昧になる。その具体的な事例は2chで多数目にすることができるだろう。

匿名の欠点は承知しつつも、匿名の利点を活かしたいので、私個人としては匿名の場は許容する方針をもっている。掲示板Wikiを作る際には基本的にAnonymousを受け入れる方針にするし、スラドみたいに匿名者をAnonymous Coward(いくじなし)と蔑称で呼ぼうとは思わない。

けれども、やはり匿名を許容する場にはAnonymous Cowardと呼んだ方がいい人も出てくるんだよなーと、「死にたいと思ったことがない人(http://www.ag.wakwak.com/~mai_u/umui/200302b.html#200302131803)」 のコメント欄を見ていて思った次第。

同じ匿名でも、単なるAnonymousとAnonymous Cowardは別物だ。Anonymousで発言するのは構わないけれども、Anonymous Cowardで発言するくらいならば、その発言は胸の奥で飲み込んでおくか、あるいは公でない場所で発言しよう。というのが俺のポリシー。他人に無理矢理押しつけようとは思わないけれども。

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142月/03

想定ユーザーの引き上げ (20:11)

サイト改革を考えているうちに、自分の中で結構大きな心境の変化が出てきた。というのは、「想定ユーザーの引き上げ」というか「基本サポートするブラウザスペックの見直し」。

自分でもテキストWebブラウザ系は使うことが多いので、私が自分で作るページに関しては「テキストブラウザで支障がない」というのが基本だった。また、標準ブラウザについて「Netscape Navigator 4.xでも標準機能は一通り使える」あたりを想定していた。

けれども、ユーザビリティ機能性をどうするかをつらつら考えた結果として、もうちょっと想定ユーザー層を引き上げてしまってもいいように思えてきた。

「テキストブラウザでも支障がない」ではなく、「テキストブラウザでも最低限は見える」程度にしてしまっていいのではないか。同様に「NN 4.xでも最低限は見える」程度にしてしまっていいのではないか。テキストブラウザやNN 4.xのサポートは、あまりにも後ろ向きの作業の割には、それにかかるコスト(および削らざるを得ない機能)が大きい。現在と将来を見据えると、テキストブラウザおよびNN 4.xは最低限まで縮小してしまって構わないのではないか(完全に拒否するのはダメだけど)。

これからサイト改革を具体的に進めていく上で、いろいろな項目に関する具体的なスペックは決まっていくだろうけど、ひとまず決意表明。テキストブラウザおよびNN 4.xをきちんとサポートするためにかけるコストは、今後現在標準的な環境および将来主流になると思われる技術をサポートする努力にあてることにします。とかいいつつ、結局表面的には何も変わらないかもしれないけどね。俺の意識だけの問題かも。

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142月/03

Wikiの思想 (20:11)

ウムイの「凡人はつらい(http://www.ag.wakwak.com/~mai_u/umui/200302b.html#200302121908)」に書いたWikiに関するコメント。自分のところにもログとして残しておこう。

ishinao:Wikiは「Webの再開発」的な意味ももっていて、あまりにもサポート範囲が広い(夢が大きい)んで、まだまだこなれてませんけど、そのうちWikiの延長に普通に使いやすい何かが出てくるんじゃないでしょうか(技術者の遊び道具レベルで終わる可能性もあるけど)。Wikiって(現状では)一般的なWebのサービスよりもWebDAVとかと比べて語られるのが似合っている気がする。(2003/02/13 09:15)

ishinao:子門さんの言葉を借りると、Wikiは「プラットホーム」であり「アプリケーション」でもある(まだその辺りの切り分けが明確ではない)ので、プラットホームとして捉えるとWebDAVとかの仲間になるし、アプリケーションとして捉えるとblogシステムとか関心空間の仲間になる、って感じじゃないでしょうか。作る人はアプリケーションよりの意識で作るんだけれども、「プラットホームとしてのWiki」の定義が定かでないので、ある程度プラットホーム構築的な部分も意識せざるを得なくなる。Wiki Wayなんて言葉が出てくるくらい思想的な面白さもあるし。(2003/02/13 15:08)

ishinao:Wikiには「何もかもユーザーの自由にさせたい」という思想が背景にあり、しかし「あまりにも自由である=使いにくい」ので、「使いやすいインターフェースを用意したい=自由を制限したい」という葛藤が出てきてしまうのです。既存のWikiクローンは自由を尊重しすぎているため、その思想を理解した人が用途を限定して使わないと、すぐにぐちゃぐちゃなコンテンツができあがってしまう。(2003/02/14 09:17)

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