日記
ウェブログに見る日米個人サイトコミュニティ事情 from ZDNet (13:49)Edit

この記事における米国でのblogに関する歴史的経緯および現時点での多くの人々の認識というものがどれだけ正しいのかよく分からないけれども、blogの特徴が結局、

>ウェブログとは、リンクによって力を持たない個人情報の伝播に関わることができる

というあたりにあるのならば、俺にとってはそれはblogでもなんでもなく、単に「Webの特徴」に過ぎないように思えるよ。あるいは「個人Webサイトの特徴(可能性)」か。どうもblogを持ち上げる人々がいうところのblogの利点は、「Web」あるいは「個人Webサイト」がはじめから持っていた可能性を、まるではじめて発見した(あるいは発明した)と言っているように見えるんだよな。

もちろん「blogはムーヴメントである」という捉え方をすれば、blogという言葉および現象が流行ることによって、「可能性が具体的な事例を伴って一般の目に触れるようになった」とか、「質的な違いではなく、量的な違いが現れてきた」ことは確かだろうけど、量の違いなんかで昔からあったものを「新発見」とか「発明」されちゃっても困る。

しかも、量的な違いというのも「メディアへの露出や(広告的な)名詞の頻出」という虚名が爆発しているだけのように見える。

もちろん実体(=blog運営サイト)も増えているんだろうけど、それは単にblogという名前を冠したものが増えているだけで、別にblogなんて名詞を使わなくても、Webサイトあるいは個人Webサイトというくくりで語っても大きな違いはないものにみえる。日本でも今までblogと名乗らずに運営されていたサイトが(blog系CMSを採用するとともに)blogと名乗ってみたり、商用サイトのコラムとか編集後記的なものを(blog系CMS上で運営することによって)blogと名乗ったりする例が見られるけれど、それは単に「blogと名乗っているだけで昔からあったもの」に過ぎないだろう。

あと、個人Webサイトを集約してそこに集合としての意味を見いだそうという試み(というか、単にそういう使い方)については、日本でもWeb日記コミュニティWeb日記リンク集を舞台にしてもいろいろ行われてきたわけだけど、セマンティックWeb的技術が実用化されつつある状況において、blog系CMSがその手の個人Webサイトの情報をデータベース的に集約する仕組みを積極的にサポートしようとしているあたりは、技術的な観点におけるblogの特徴として大きい気がする。あんまりきれいじゃない(仕様がまとまりきっていない)けれども使えるならば使っちゃえ的な。別にXMLなんてなくたってそういうものは作れるけれども(一応HTMLだって構造化文書だし)、あると便利なのは確かだからな。

と元記事の内容から離れた話を延々としてきたわけだけれども、最後の日米の違いについて、

>片や、ツールの登場によって同形態のサイトが一気に広まったために、企業をも巻き込んで1つの大規模なコミュニティとして社会的に認知されているウェブログ。片や、歴史が古いために小さなコミュニティが、統一されることなく独立して育った日本の個人サイト。

という分析は興味深い。それは大げさに言うと「blogムーヴメントの中核は、サイトの(デザイン)フォーマットが統一されていること」になるのか。

俺は個人Webサイトにおいてはblogツールが標準で提供するユーザーインターフェースはあんまりよくないと思っているんだけど(個人Webサイトレベルではリッチすぎて使いにくい)、大手商用サイトっぽいUIに統一することによって雑多なWebサイトに商用サイトっぽい雰囲気をもたせ(イメージ戦略)、それらに共通のブランド名「blog」を名乗らせる(CI戦略?)ことによって、ムーヴメントを作り上げることが出来る、とか。

最近のtDiaryのテーマファイルをサポートするCMSが増えて来つつある状況と照らし合わせると面白いな。そういうものにブランド名を付けて流行らせよう。

Published At2003-05-08 00:00Updated At2003-05-08 00:00